失うことでしか得られないものがある

健康、職、お金、家族、大切な人……
こういうものをまるで奪い取られるかのように、突然失うことがあります。
視力がほとんど無い状態で生まれ、19才で父を亡くし、追うように祖父母と親族を失い、
人生でたった一度心底愛した人にふられ、30才でうつ病を患い、ひとつ、またひとつと出来る仕事が減り今に至る。そんな私だからこそ、そして失う経験を重ねた友人たちをたくさん見てきたからこそ、断言できることがあります。
失うことでしか得られないものが、確かに存在します。
それは、まるで風のようにどこからか訪れて来て、心の底に根を下ろします。
最初は目に見えませんが、しばらくすると、その人の性格、容姿、行動などに現れはじめます。心の芯の温かさと力。揺らぐことのない確信。受容力とオープンさ。その人の傍でなら泣くことができる。その人の前では飾らない素の自分で居ることができる、そんな感覚です。

Photographed by Volffi


聖書のルカによる福音書6章29節にこんな言葉があります。
「あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。」
イエスキリストが群衆に向けて語った言葉です。
どうもこれは、単なる道徳の話ではないように私には思われます。何か非常に深い「事実」を根拠にした勧めであるような気がするのです。

恥ずかしながら私は、たくさんの怒りを抱えて生きて来ました。人と同じ身体で生まれることができなかった悔しさ。父を亡くした悲しみとやるせなさ。いくら働いてもまともに稼ぐことの出来ない虚しさ。うつ病になってどんどん体が弱ってゆく絶望感と敗北感。
でも、心の中にくすぶっている苦い思いを残らず紙に書き出して、丸めて捨てることを繰り返しているうちに、手が勝手に動いて、こう書いていたのです。
「奪ってくれてありがとう。本当にありがとう」と。

今、私は一つの計画を立てています。それは、「失うことでしか得られないもの」についての本を書くことです。もし、この文章に共感してくださる方がいらっしゃいましたら、教えてほしいことがあります。この「失うことでしか得られないもの」をあなただったらどんなふうに表現しますか?
たくさんの方の言葉が集まれば、その「得られるもの」の正体がもっとはっきりと見えてくると思うからです。

前回Clover出版から「静寂なほど人生は美しい」という本を出して頂いた時、文章の合間合間に入れる写真を撮ってくれた写真家の友人に協力してもらって、今回はフォトブックのようなものにしたいと思っています。
絶望の中にある人たちが、生きる希望を手にすることのできるようなフォトブックを作りたいと思います。具体的な道筋が決まったら、またお知らせしますね。
これは写真家の友人Volffiが撮ったものです。

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