続「うつ病は幸せになるためにやって来るー心の底にゆるぎない大地が生まれる日」

東京のある教会で、私は二人の伝道師に出会いました。

一人は韓国人、一人は中国系朝鮮人の伝道師でした。

うつ病の症状が酷く、しんどい日々。這うようにして、やっとのことで教会へ行きました。

「もう死にたい。」

そうつぶやくたびに、彼女たちは私の背に手を置き、あるいは手を握り、渾身の力を込めて祈ってくれました。

「主よ、この愛する姉妹を癒してください」と、文字通り、身が粉になってしまうのではないかと思うほどに、主の前に身を投げ出して、声を振り絞って、祈ってくれました。

日々、朝から夜中まで祈り、聖書を読み、信仰を養っていなくては、とても出来ない祈りです。私は彼女たちの内に、神の愛を感じました。それは燃える炎のように熱く、凍り付いた私の心と体を溶かし、温めてくれました。

その時に感じた熱は、今でも私の心の奥にとどまり続けています。

一人で祈る時にも、心の奥に宿った熱を探し求め、あの燃えるように熱い神の愛を思い出しながら祈ります。すると、どんなにしんどい時でも、足の下にゆるぎない大地を感じるような安心感に触れることが出来ます。

すると、それ以上気持ちが落ち込むことがありません。

今でも元気が出ない日々はあります。しんどい時もあります。

でも、まさに心の底にゆるぎない大地があるように、水面にさざ波が立っても、心も体もうつ病の大波に吞み込まれてしまうようなことはなくなりました。

私は幼いころから教会に通っていたクリスチャンなので、こういう形で心の拠りどころを得ました。無宗教の人でも、これに近い方法で心の支えを得ることは可能ではないかと思います。瞑想等によって自分で心の安定を得る方法もあるかも知れませんが、人から与えてもらう方がより確実だと私は思います。大好きな人、尊敬する人から慰めの言葉をかけてもらった時、励ましてもらった時、心の奥に生まれる温かさを覚えておきます。いつでも必要な時に、その熱に触れ、自分のことを想って祈ってくれている人々の、―すでに他界した人も含めてー、心から流れ出る愛に触れることが出来れば、それは大地のようにあなたの心を支えてくれるはずです。

人は、自分が思っているよりもずっとたくさんの人から想われているものです。会ったことのある人や知っている人だけでなく、私たちの目には見えなくても、縁で結ばれた数えきれない人々が、あなたを支えてくれています。宗教やスピリチュアルに関心のない人でも、これならばイメージすることが出来るのではないでしょうか。

工藤咲良著「うつ病は幸せになるためにやって来る」(アマゾンリンク)

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