悲しみよ

ずっと
なにかを我慢しているような
気がしていた
でも
なにを我慢しているのか
分からなかったので
なにも我慢していないことにして
過ぎゆく日々を
追いかけていた

ある日
とつぜん辺りの空気が
ゼリーのごとく
固まってしまった

必死で息を吸おうとしても
肺を膨らませるのは
色ばかり空気そっくりの
虚空

体内を巡っていた
血液も
刻々と進んでいた
時間も
静止して動かない

どうしよう
どうしたら
どうしたらここから
逃げ出せるの

焦りだけが
頭の中を
猛スピードで
駆け回る

苦しい
助けて
わたしを放して

そう叫んだ瞬間だった
きゅっと縮まった
心の奥深くから

トンボの羽のように
透き通った衣をまとって
悲しみがやってきたのは

そのやわらかい衣の裾に
心臓をくすぐられて
熱い涙が
あとからあとから
流れ落ちた

やがて
熱の冷めたその聖水が
ひんやりと頬を濡らすころ
新鮮な甘い空気が
肺に流れ込んできた

赤々と脈打つ血液が
全身の血管を巡る

いつしか日は暮れて
夜風が夕餉の匂いを
運んできた

悲しみよ

湧いてきてくれて
ありがとう

脈々と流れる
生命のいとなみへ
再び
わたしを解き放ってくれて

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